8.31.2010

文化資源から「地層」を観察する

この夏、いろんな「まつり」を見たんですが、私の中で、かなり大きな発見をしたことがあります。それは、文化資源によって「地層」が観察できるのではないか、ということです。ここでの「地層」とは、地理や地質学の地層ではなく、時間による地域文化の堆積をイメージした、目には見えない比喩としての「地層」です。
私が住む旧藤野町のとなりの、旧津久井町の鳥屋(とや)という集落に、「鳥屋の獅子舞」という、約500年以上も前から地域に伝えられてきたとされる芸能があります。8月14日、鳥屋の獅子舞が行われる諏訪神社の祭礼に行きました。面白かったのは、鳥屋の獅子舞だけでなく、様々なスタイルの伝承行為が、その日の祭礼で行われていたことです。
鳥屋の獅子舞は、中世から伝えられたもので、3人の少年・青年が、獅子頭を被って45分くらい、ほぼ同じ動きを延々と繰り返すものです。これは、成人の通過儀礼的な意味があるようで、神事の色合いが濃いものです。ですが祭礼では、鳥屋の獅子舞とは別に、賑やかな祭り囃子(獅子舞も舞われる)もあります。おそらく近世、または近代から始まったと思いますし、農民の生活娯楽的な要素が数多くあります。さらには、地域住民がマイクを持ってカラオケ大会もあり、これは間違いなく、同時代の大衆娯楽なわけです。
諏訪神社の祭礼という行事の中に、この地域で受け継がれてきた、中世、近世・近代、現代という文化の断面を目撃した。それは、無形の「文化資源」によって、目に見えない「地層」を発見したような気がしました。
この目に見えない「地層」は、文化的な地殻変動によって変化することが考えられます。鳥屋のような地域には、時代の荒波による地殻変動に耐えて、ずっと地層を残しながら新しい地層を堆積してきたわけです。しかし日本の多くの地域では、明治維新以降の近代化や敗戦後の経済成長の中で、それ近世以前の地層の多くが失われ、その上に、欧米や都市の地層に覆われているんじゃないか。
過去の地層が急激に失われて断絶している場所や、文化を消費するだけで地層が堆積されていない場所は、きっと「地盤」が危ういでしょう。その「地盤」こそが、コミュニティの信頼や結束だったりするんじゃないか、と思います。
我ながら、大発見だと思ったんですが。

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