2.09.2009

景色の「精気や力」のことを「景気」というらしい

以前、カミさんが時々お世話になっている針灸の進藤先生から教わった「景気」の語源のことを、調べてみたら、「NPO法人証券学習協会」という団体のサイトに「景気」をテーマにしたエッセイがあります。その一部を紹介します。
ところで話は一変するが、“景気”というと誰でもこれは経済用語だと思っているだろう、またそれしか思い浮べない人が大半だと思う。しかしこれはもともと文化的な用語であり、旧くは歌や画の世界の言葉だったのである。
それをいうなら“風景”のことだろうと思うかもしれないが、そもそも風景というのが景気の強く漲ったすぐれた場所のことをさすのであって、景気とはあたりの景色の「精気や力」のことをいう。そういう精気や力を十分に描いた風景画(山水画)を昔の人は“気韻生動”と評したのである。したがって風景がいい所には景気が漲っていなくてはならない。つまり景気は名所といわれる場所に不可欠の要因でもあったわけで、歌枕などとして詩歌などに詠まれる名所の景気は四季折々にその精気を見せるのである。当然歌の道の重要な要素になっている。
安直な現代風の実用辞書では“景気”と引いても景気変動と景気循環の事ぐらいしか載っていないが、さすが広辞苑などにはまずこのような伝統の側面が説明され、これを借用した経済用語の説明は後のほうになっている。どうでも良いことだが、そうした言葉の由来はなるべく知っておいた方が奥床しい。
同じく今では完全にビジネス用語化している“経営”という言葉も、実は山水画における本質表現の6つの心得の一つ“経営位置”から借りたものである。平家物語や今昔物語にも登場する多分に文学的側面をもった伝統ある言葉であることを知っている人は今日ではもうあまり多くないようだ。

ビジネスに長けた人が、歌や画のことを理解できるのは、景気を読む力があるからなんでしょうね。

2 件のコメント:

安神堂 さんのコメント...

TORAOさんこんにちは。時々拝見いたしております。私の名前がでたようなので、ちょっとおじゃまします。

「景気」という言葉はもともと「山水画」の用語にあった―という話を「カラダカフェ」で紹介しましたが、その出典先は中国南北朝時代(4世紀後半)の画家:謝赫(しゃかく)が著わした『古画品録』のようです。それと「経営」という言葉も同じように「山水画」の用語にあることも存じておりました。私が参考にしたのは、主に松岡正剛の「花鳥風月の科学」(中公文庫)でした。参考までにその個所を転記します。

・・・・「花鳥風月の科学」山の章より(40頁)・・・・
そもそも風景とは「景気」の強いすぐれた場所のことをいいます。景気とは、景色のもっているスピリットやエネルギーのこと、今日、経済社会で「ええ景気ですな」とか「えらい不景気でんな」といっているのは、もともとは風景のなかの景気のことだったのです。そればかりではない。実は「経営」という言葉も山水画を描くための用語でした。
古来、山水画には六法という六つの方法があります。
四世紀後半の中国の謝赫が唱えたもので、山水画の本質に関する心得をいう。「気韻生動」「応物象形」「経営位置」「伝移模写」「随類賦彩」「骨法用筆」の六つです。このうち「気韻生動(きいんせいどう)」が最もたいせつで、山水のスピリットとエネルギーはその絵にどれほど気韻が生動しているかで決まる。
しかし、そのほかの五つも大事なことで、とくに「経営位置」は山水画のコンポジションをつくる重要な方法です。今日マネジメントをあらわす「経営」という言葉は、この山水のコンポジションをマネジメントする経営位置から派生したものです。
・・・・・・・
ちなみにこの本ではさらに「景気の多様性がある」名所について言及し、TORAOさんの故郷に関連する「近江八景」の由来についてもかいています。

よく哲学用語の由来は、明治時代に西洋哲学を最初に学んだ西周のような学者たちが、漢語をあてて造語したといわれています。ですから私が思うに、当時の経済学の先達は、たぶん漢籍や山水画の素養が充分にあったのだと想像します。それにしても粋なネーミングですよね。

大澤寅雄 Torao Ohsawa さんのコメント...

おお、進藤先生、コメントありがとうございます!
とっても興味深いですね。松岡正剛の「花鳥風月の科学」、読んでみます。
「景気」も「経営」も、おそらく他の日本語も、明治期に西洋の概念を輸入したとき、漢語にあてて造語したものを、いま私たちは、逆にカタカナやアルファベットで理解し、漢語の意味を忘れてしまっているわけですね。その漢語の意味を遡ると、意外な本質が理解できるというのは、面白いことだなぁと。
つまり、やはり景気回復にはアートが必要だっていうことですね。たぶん。

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