10.31.2008

文化資源の役割

先日以来、私は、実体経済と金融経済という概念が、文化の領域にも通用するんだろうか、ということについて考えています。
実体経済という、生産、流通、消費のサイクルを支えるシステムだけでは、実は経済が成立していなくて、株式投資や金利というシステムがあることで、企業活動の中に設備投資や開発研究が可能になるわけですよね。
だとすると、文化でも、実体経済と金融経済の両方に立脚した営利の文化産業は、同じ市場原理で競争することになるわけですが、非営利組織による非営利の文化活動は、いわば実体経済には立脚していても、金融経済には立脚できないわけです。
株のように出資者への利益の配分が認められない。寄付金の税制面のインセンティブはない。潤沢な資本金もない。公的な助成金は自己負担を前提としている。それに組織運営に助成金は充当できない・・・などなど。
その状態で、実体経済の仕組みの中で非営利組織による非営利の文化活動を成立させるとしたら、「バイトしながらやる」「一生独身でもやる」「親に勘当されてもやる」「死ぬ気でやる」という文化しか、残らない。そういう意味では「残る文化は必死さが違う」という大阪府知事の言葉は、あたってます。けれども、いま残っている文化が将来も残り続ける保証はないし、消えれば消えたで、必死さが足りなかったから、と言えば終わってしまう。それでいいのか?と。
非営利組織による非営利の文化活動も、片足は実体経済に置いていることは事実。だけど、片足はどこにおけばいいのか。それは、文化が、社会活動の資源として価値を持つという認識と、社会サービスに変換するシステム。それが「文化資源」なんじゃないか、ということに気がついたんです。
おそらく、文化資源の豊かな社会にはリチャード・フロリダが「クリエイティブ資本論」でいうところの3T、Talent(才能)、Technology(技術)、Tolerance(寛容)が醸成されて、創造産業が集積する。だから、文化資源は、必ず経済にも寄与するはずだ、と思うんです。
あ、私なりには、ちょっと考えが整理できたような気がする。そういえば、こないだある雑誌を立ち読みしたら、ビル・ゲイツが「クリエイティブ資本主義」という言葉を使ってましたね。

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