10.22.2008

バブル経済と「千両みかん」

最近、よくニュースで「実体経済」という言葉が聞かれますね。私は、すっごい経済オンチで、実体経済があるんだったら、実体のない経済というのもあるのかなぁと素朴に思っていました。
wikipediaで実体経済を調べたら、なるほど、バブル経済とも関連のある言葉だということが分かって、バブル経済についても調べました。このwikipediaの説明を読んでいて、古典落語の「千両蜜柑」というネタを思い出しました。
真夏にミカンを食べたくて床に伏せた若旦那の願いを、番頭がかなえてあげるために街中を走り回って、ついに見つけたミカンが千両もした。大旦那は、息子の命に比べれば千両は安いと言って買った。そのミカンを旨そうに食べた若旦那は、三ふさ残して両親とお祖母さんにと番頭に手渡した。番頭は、
「一ふさ百両。三つ合わせて三百両…。このままずっと奉公していたって、そんなお金は手に入らない。旦那様には悪いが…」
と、ミカンを三ふさを持って失踪した。。。という噺。
千両のミカンを安いと言って買う大旦那、そのミカンの三ふさを三百両の価値があると思いこむ番頭。この二つのポイントが、バブル経済の原因なんだろうな。
しかし、アートの市場での流通は、この千両蜜柑と同じようなメカニズムがあるといえば、ありますね。芸術作品の価値が理解できないとか、好きじゃないという人にとっては、その作品の値段はよく分からない。でも、その作品を買いたい、という人々の間によって、ある価格に落ち着いて流通するということでしょう。
もしかしたら、ミカン三ふさを持ち逃げした番頭は、そのミカンを三百両に換金できなかったとしても、その後、カビが生えたり腐ったりするミカンをずっと眺めて暮らして、どんなに貧しくても幸せな気分をずっと味わえていたかもしれない。
ま、たまにはそういう人がいても、いいんじゃないの?

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