「共感」というと、悲しむ人がいれば自分のことのように悲しみ、喜ぶ人がいれば自分のことのように喜ぶ、そういう意味で捉えていたんですが、ふと、それって「同情」とどう違うんだろう、と思いました。
辞書を調べると、同情とは「思いやり、あわれみ」、共感とは「他人の感情・考えをそのとおりだと感じること」という意味だそうです。
悲しみや心の痛みを持つ人に、同情や共感することがありますが、あまりにも悲しみや痛みが大きいと、同情はできても共感は難しいことがあります。
逆に、憎しみや怒りの対象には、同情も共感も難しいわけですが、その憎悪や怒りの対象を鏡として、自分の中に、暗い闇があることを発見すると、そこには、同情の余地はないけれども、共感の余地はあると思うんですね。
同情できないものに、共感できるかどうか。
例えば、醜いものを見ても、それを美しいと感じることはできないし、好きになることもできない。けれども、そういう醜さは自分の中にもあるよなぁ、と思えるか。そういう自分自身の発見を、大事だと思えるかどうか。
うーん・・・
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